壺中夢の47人のおんなたち

輝ける
47人のおんなたち

山形県佐藤千夜子(1897~1968)山形県天童市出身 歌手(初のレコード歌手)

代表曲:「波浮(はぶ)の港」「東京行進曲」「唐人おきちの歌」「影を慕いて」他

大正9年に東京芸術大学に入学し中山晋平、山田耕筰、野口雨情らと知り合い日本の歌謡曲の基盤に歌手として貢献しています。当時は楽譜が読めることが希少価値の時代ですから本来はクラシックのオペラ歌手を目指したのですが運命は流行歌手が与えられたようです。
大正14年にラジオ放送が開始されレコード歌手のさきがけとなり全国区のスターとなっていく過程で次々ヒットする先には後の歌謡界の重鎮たち、古賀政男や作詞家野口雨情、西条八十等の出発点となりました、中山晋平は晋平節と言われるほど曲の多くが一世を風靡して国民の愛唱歌となっていきました。当然のことながら例に漏れず成功の陰には語るに足る多くの苦労もあったようです。流行歌手一号で華々しくデビューし浮き沈みの激しい人生が昭和52年NHK朝ドラ「いちばん星」のモデルとなりました。

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