壺中夢の47人のおんなたち

輝ける
47人のおんなたち

大阪府与謝野晶子(1878〜1942)大阪市堺市出身 歌人

「みだれ髪」

与謝野晶子の処女歌集「みだれ髪」は石川啄木や北原白秋を見出した雑誌「明星」に晶子が投稿した作品を与謝野鉄幹が編集したものです。作品は晶子の鉄幹への強烈な恋慕を世間をはばかることなく当時の最先端の感覚で詠った内容でした。
“やわ肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君”
“くろ髪の千すじの髪のみだれ髪かつおもいみだれおもいみだるる”
“人の子の恋をもとむる唇に毒ある蜜をわれぬらむ願い”
“その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな”などがその一例です。あまりにストレートな愛の表現に対して保守的な層からの批難と片や新しい文学の登場とする芸術面から高い評価の二層に分かれ、無名の晶子を一挙に文壇へ押し上げたのでした。現代歌人の俵万智の「サラダ記念日」は「みだれ髪」の衝動に直結させて作ったことを明らかにしています。愛の表現以外の晶子の秀歌も多数ありますが今回は割愛しています。1904年日露戦争に従軍していた弟を嘆いて「明星」に発表した「君死にたまふことなかれ」があります。“あゝおとうとよ 君を泣く 君死にたまふことなかれ 末に生まれし君なれば 親のなさけはまさりしも 親は刃(やいば)をにぎらせて 人を殺せとをしへしや 人を殺して死ねよとて 二十四までをそだてしや 堺の街のあきびとの 旧家をほこるあるじにて 親の名を継ぐ君なれば 君死にたまふことなかれ 旅順の城はほろぶとも ほろびずとても 何事ぞ 君は知らじな あきびとの 家のおきてに無かりけり 君死にたまふことなかれ すめらみことは 戦ひに おほみずからは出でまさね かたみに人の血を流し 獣の道で死ねよとは 死ぬるを人のほまれとは おほみこころのふかければ もとよりいかで思されむ あゝおとうとよ 戦ひに 君死にたまふことなかれ すぎにし秋を父ぎみに おくれたまへる母ぎみは なげきの中にいたましく わが子を召され 家を守り 安しときける大御代(おおみよ)も 母のしら髪(しらが)はまさりぬる 暖簾(のれん)のかげに伏して泣く あえかにわかき新妻を 君わするるや思へるや 十月(とつき)も添はで別れたる 少女(おとめ)ごころを思ひみよ この世ひとりの君ならで ああまた誰をたのむべき 君死にたまふことなかれ”

与謝野晶子著作:「全訳源氏物語」、「与謝野晶子歌集」の3000首、「愛・理性及び勇気」

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